2019 富士山への旅②

山へ、野へ

 涼しい秋に、新入社員の皆さんと一緒に富士山に登った。せっかく五合目まで行ったが、天気が悪くて富士山の頂上がほとんど見えなかった。もう十月でもあり、山の風は非常に強かった。まるで神様が私たちの山登りを止めようとするように、強風に加えて濃霧も発生した。懸命に登った富士山を頂上目前で諦めざるを得ない状況だった。

 富士山の頂上が見えなかったのはちょっと残念だが、その代わりに、美味しい焼肉を食べたり、気持ちいい温泉に入ったり、みんなと一緒に夜更けまでゲームをしたりするのはすごく楽しい時間だった。人生には時々不本意な事がある。しかし、その分の悔しさを自分の力にすれば、きっと別の場所で私たちに幸せをもたらすだろう。

 一日目の長い旅行によって、みんなはぐったりしていた。富士山の麓にはずいぶん綺麗なホテルがある。そこから富士山の方向を眺めると、いい景色が見えるそうだ。今日の天気はちょっと悪かったので、皆、明日は良い天気になることを願ってぐっすり眠った。明日の天気のことが分からないが、先ほどのゲームや、謎のような富士山は絶対にみんなの夢の中に再現出来るだろう。

 翌朝、目を覚ますと、もう5時半を回っていた。森の霧はまだ散っていなかった。森の精霊からの誘いを受けて、私は一人で森へ出発しようとした途端、スマホの画面が突然光り出した。やっぱり、みんなは同じなのだ。こんな美しい景色を前に、まだ私のように眠れない人がいる。眠れないなら、一緒に冒険しよう。と思う仲間たちが三々五々集まってきて、朝の山中湖へ出発した。

 朝の山中湖は予想外に寒くなかった。波が静まった湖面に山の姿が映っている。周りのすべてが静寂に包まれ、青い雲と相まって息を飲む絶景としか言いようがなかった。この世には、もし神様がいるならば、きっとここに住むだろうと思った。思わず走り出したら、朝の疲れが取れ、とても良い気持ちになった。ふと目をやると、向こうに一人のおじさんが静かに座り、湖を向いて何か考えているようだった。おじさんは一体何を考えているだろう。と、私は思わず立ち止まった。深い呼吸で少しリラックスした後、おじさんと同じように湖を眺めていると、なんとなく自分の答えが見つかった。勝手に写真を撮ったのは少し申し訳ないが、おかげで、これが今回の旅行の中で一番好きなシーンとなった。たぶん、いつかこの旅行中の出来事さえ忘れてしまうかもしれない。しかし、このシーンは私の記憶に刻まれて、一生忘れないと確信している。

 ホテルに戻って、まだ眠っているほかの仲間たちを起こして、急いで朝の食事をした。みんなは二日目の冒険を待ちきれないように話を交わしている時、のんびりとしたお日様が昇り始めた。朝の日差しを浴びたみんなの笑顔は輝いていた。

 二日目の旅行も長かった。目的地は私たちが泊まっているホテルから車で2時間距離にある日本で一番長い人道吊橋――三島スカイウォークである。車内のスピーカーの音量を上げて名曲の「富士山下」を聴きながら、みんなと一緒に窓外の晴れた空を眺めるのはとても幸せな瞬間だった。大都会の喧騒から離れ、道端に次々と並んでいる素朴な店を見て、旅行の醍醐味を満喫させてくれた。三島スカイウォークに着いたのは既に10時になっていた。高いところの風は相変わらず強かった。吊り橋に沿って歩いていると、強風や人が歩くペースに合わせて吊り橋も揺れた。こんな高い場所から遠くの町を眺めるのは初めてだったが、少し危険なため、無事に撮った風景写真の数は少なかった。吊り橋の向こうには小さな遊園地があった。驚いたことにそこにペットの遊び場もあって、わざわざここにペットを連れてきた人もいる。箱根にはたくさんの温泉があるらしい。しかし、残念ながら、私たちは温泉を楽しむ時間は無かった。次の目的地は真鶴半島先端にある真鶴岬である。

 人が少なく小さな半島にはこんなに美しい風景があるなんて想像できなかった。そう遠くない場所に、ギラギラした陽射しが雲を通り抜け、海面を照らしていた。まるでおとぎ話にしか存在しない世界のように美しかった。自然の神わざに感心すればするほど自分の小ささを感じた。私たちは国境に阻まれることなく、互いに知り合い、ここまでやって来られたのは本当に不思議なことだと思う。学生時代に別れを告げて異国で新しい生活へスタートし始めた新入社員のみんながこれから素敵な未来があるように願っている。この平和な時代に生まれた事に、本当に感謝している。

 楽しい時間はいつも短い。前田鉄之助さんの詩を拝読してつくづくとこの小さな半島の不思議さを再認識しながら、紫色の夕日に向かって、私たちは帰途についた。

 また、次の旅へ。